先行研究では、技能実習生に関する日本語教育の問題点の1つとして、講習で教えられている日本語が作業現場で使われている日本語と相違していると指摘されている。しかし、具体的にどのような点で相違しているのかということについては明らかにされていない。技能実習生が作業現場で日本人の同僚からの指示を理解するためには、日本語の統語構造の特徴から、文末表現を理解することが欠かせないと考えられる。日本語の文末表現には、「発話の機能」を明示的に示す働きがある。命令か依頼かが文末表現を聞いて初めてわかるからである。そこで、本稿は鉄骨工場のような指示が多い作業現場をフィールドとし、そこでの、技能実習生に向けられた日本語母語話者の発話における文末表現の特徴を明らかにした。そのうえで、そこで明らかになった特徴と技能実習生向けの講習用教材の比較を通し、両者の、文末表現上の相違点を析出することを試みた。研究結果として、1)作業現場の発話には、言いさしが半数近くあり、よく使われていると言えるのに対し、講習用教材では、言い切りが主導的な地位を占めていること、2)作業現場では、普通体を主基調として、発話が進められているのに対し、講習用教材では、丁寧体を主使用文体としていること、3)作業現場では、「動詞等の∅形」の使用率は3分の1に足りないのに対し、講習用教材では「動詞等の∅形」の使用率は半数近くあること、4)作業現場では、相応の縮約形があるものについては、縮約形を使うのが一般的であるのに対し、講習用教材では、ほとんどの場合に、相応の縮約形があったとしても、元の形そのままで使われていることが明らかになった。このような状況を踏まえ、今後、講習において、作業現場で働く日本語母語話者の発話の文末表現をどのように導入し、教えたらいいのかについて、工夫が必要であると思われる。
Zhang Xuepan