本研究は、国立国会図書館のデジタルコレクションに所収されている、“母乳育児”に関する明治・大正期の資料への分析を元に、近代日本において“母乳育児”概念がいかなるもので、いかなる機能を有していたのかを考察するものである。分析の結果、近代日本における“母乳育児”概念は、“母乳育児”を自然なものと位置付け義務化するものであり、子の栄養面と情緒面の成長促進を根拠に“母乳育児”を推奨するものであった。さらに、遺伝的特質も含めた母の性質が母乳を通じて子に伝達されることを説き、ゆえに母と家族の自己管理の徹底を要求するものでもあった。こうした近代日本の“母乳育児”概念は、家族内衛生を国家衛生の基盤と位置付ける論理や優生思想と同根であり、この点において、明治・大正期の“母乳育児”概念は、個々の親が行う育児のレベルを超えて国家の繁栄と結び付けられるものであった。