山口医学

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山口医学 Volume 6 Issue 4
published_at 1957-12

Epidemiological Studies of the Possible Relationship Between Mortalities From Heart Disease and Soli. : Part I. Yearly Trend and Distribution of the Mortality from Heart Disease in Japan.

心臓疾患死亡率と土壌との関連性に関する疫学的研究 : 第1篇 本邦心臓疾患死亡率の年次的推移と地域的差異
Kubota Morimasa
Descriptions
過去57ヶ年間(明治32~昭和30、但し、昭和19~昭和21年を除く)における本邦心臓疾患死亡率の時間的現象(趨勢変化、年次変動、季節変動)、生物学的現象(性別、年令階級別)及び地理的現象(地域的差異)の3現象について、厚生省統計資料並に諸家研究資料に基づいて、統計的観察を試み、以下述べるが如き事項を認めた。 1.時間的現象(1)本邦心臓疾患死亡率の趨勢変化を全国並に福井、秋田、熊本の各県について観察するに、明冶中期から大正末期にかけて抛物線的に斬増し、昭和の初期から第二次大戦前或はまた、第二次大戦後は直線的乃至抛物線的に減少するもの或は直線的に増加するもの等、地方によって傾向は異なるが、何れも趨勢変化の現れる年次は、大正末期から昭和初期にかけてと第二次大戦前後である点ではその軌を同じくしていることが注目される。このことは本症死亡率の趨勢を支配するが如きある種の共通的要因が、大正末期から昭和の初期にかけて、或は戦前戦後において変動していることを示唆するものと解される(第1.0図参照)。(2)本邦心臓疾患死亡率の年次的変動には、周期性を想わしむるが如き規則的な変動は認められない。但し、概ね機構を同じくする秋田(東北)と福井(北陸)の年次的変動が全くその軌を同じくし、熊本(西南日本)の年次的変動が全国のそれと類似していることは、年次変動と気候要素との間に恐らくは或る種の関係あることを示唆するものと解される(第1・1図参照)。(3)本邦心臓疾患死亡率の季節変動の年次的推移を観るに、一見したところ季節的振幅が明治中期、大正、昭和と逐年増大して、恰も伝染病の季節変動に認められると謂われている北島・槇氏現象と類似の現象が存在するかの如く見受けられるが、謂うが如く、逐年振幅が増大するとか、減少するというが如き単純な季節変動ではない。明治中期から大正の末期までは、夏と冬の2つの山が認められ、昭和の初期から戦後の今日まで近年に至るにつれて、夏の山が消失して谷となり、冬の山のみとなって、逐年夏の谷は愈々深く、冬の山は愈々高くなり、時代的に季節変動の振幅に変化が認められること。而も、振幅の趨勢変化が本症死亡率の趨勢変化と年次的に全く相一致していることが大きな特徴である。このことは、本症死亡率の年次的趨勢変化と季節的変動振幅の年次的趨勢変化を共通的に支配するが如き、ある種の要因が存在することを示唆するものと解される(第1・2図参照)。 2.地理的現象(4)本邦心臓疾患死亡率の地域的差異は、明冶、大正、昭和前期及び昭和後期の4時代別にこれを観れば、夫々の時代においては殆ど変動することなく、かなり大幅の地域不変動性が認められるが、4時代を通じてこれを観れば、少なからざる地域変動性が認められる。(5)而して、上述の如き心臓疾患死亡率の地域変動が、主として大正の末期から昭和の初期にかけて、或はまた、明冶末期から大正の初期にかけて、更にまた、第二次大戦前より戦後にかけて現れていることは、本症死亡率の趨勢変化と地域変動が年次を同じくして現れていることを意味するものと解される(第3・0図~第3・3図参照)。(6)本邦心臓疾患(全心臓疾患)死亡率の地域的差異は、特に器質的な疾患である動脈硬化性及び変性性心臓疾患死亡率の地域的差異と相一致し、感染症の続発的な疾患である慢性リウマチ性心臓疾患死亡率の地域的差異とは必ずしも一致していない。斯る傾向は、特に40才以上のものでは慢性リウマチ性心臓疾患死亡率の地域的差異も、大勢においては全心臓疾患死亡率の地域的差異と相一致している。このことは同じ心臓疾患でも、動脈硬化性及び変性性心臓疾患と、慢性リウマチ性心臓疾患特に40才未満のものに認められるものが、病因的に異なる疾患であることを意味すると共に、その発生要因には器質的な動脈硬化性及び変性性心臓疾患と慢性リウマチ性心臓疾患の何れにも、共通的なものがあり得ることを示唆するものであるかも知れない(第3・6図及び第3・7図参照)。(7)心臓疾患死亡率の地域的差異が顕著で、特に動脈硬化性及び変性性心臓疾患死亡率の地域的差異とよく一致している年令階級は、向老期以後の老年者特に45~69歳の年齢層である(第3・4図 及び第3・5図参照)。 3.生物学的現象(8)本邦心臓疾患死亡率を性別、年令階級別に観れば、乳幼児期(0~4才)と児童期(5~9才)には性別の差異なく、以下年令の増加するにつれて、死亡率は半対数グラフ上で直線的に上昇しているが、少年期(10~14才)より向老期(45~49才)までは、女子の死亡率が男子より高率で、向老期以後は男子の死亡率が女子より高率である(第2・0図参照)。(9)然しながら、大正9年以降近年に至る程、向老期以前の若年者の女子の死亡率が逐年急激に減少し、老年者の死亡率が男女ともに相対的に増加して、男女間の年令階級別死亡曲線型式の差異が少なくなると共に、男女ともに年令の増加につれて死亡率の上昇率が大となりつつあることが認知される。このことは、40才未満の女子に特に多い感染性の続発性の心臓疾患が減少し、器質的な心臓疾患が相対的にも絶対的にも増加してきたことに起因するものである。それと共に、本疾患が老衰現象的な素質的因子を有するものなることを示唆するものの一つであると解される(第2・1図~2・3図及び第1・0図参照)。(10)要之、本邦心臓疾患死亡率の時間的現象、地理的現象及び生物学的現象を疫学的に観れば、心臓疾患特に動脈硬化性及び変性性心臓疾患は、老衰現象的性格を有すると共に、多分に環境性の疾患たることを想わせるものがあると見做されよう。